世界遺産登録!?国立西洋美術館の設計者 ル・コルビュジェとは?

  東京上野にある国立西洋美術館が開館したのは1959年、コルビュジェは71歳です。17歳から設計をスタートし77歳でこの世を去るまでさまざまな建築を手がけた彼の晩年の作となるこの作品には、いったいどのような思いが込められているのでしょうか。コルビュジェの生涯をたどると共に、彼の当時の設計思想を照らし合わせて読み解いてみましょう。

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 コルビュジェは1887年、松林や川,湖といった自然が豊かなスイスの都市ラ・ショードフォンに生まれます。15歳の時に美術学校で彫刻のコースをとり、自然を装飾芸術の厳選と捉えている恩師に出会います。その師の影響から目にうつる世界の全てを、スケッチブックに描くようになり、その後生涯を通して続けています。意外な事に初期の住宅はどれもスイス地方の伝統的な形をとっていますが、形態の造型と材の特質を活かした外観など、後の作品に続く基本原理を見る事ができます。

ジャクメ邸

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 20歳になったコルビュジェは鉄筋コンクリートによるデザインの可能性を模索してオーギュスト・ペレとペーター・ベーレンスのもとで働きます。その後、住宅の生産に自動車の生産工場を重ねて考え、ドミノシステムという建設技術のシステムをつくりだします。また芸術の分野でも純粋主義という考えの絵画を制作し、雑誌も出版しています。こうして30歳から40歳にかけて合理的、機能的で明晰なデザイン原理に基づき新たな表現の視点からサウ゛ォア邸など代表的な建築をつくっていきます。

 

サウ゛ォア邸

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戦後を迎えた40歳の頃から、新たな自然の解釈に向けて再出発しています。理由はそれまでの機械主義の建物で鋼製サッシが錆びる。ガラス面積が大きすぎて日射熱に悩まされるなど、実用的な面で失敗が明らかになってきたためです。その後の30年間はそれまでの10年間の技術と思想をほぼ覆すような、普遍的な回答をめざしていきます。身体や自然を用いた有機的な固有の新言語を展開させた建築や、石や木といった初源的な材料を用いた建築をつくり出していきます。 

 西洋美術館では入口を入ると建物の中心にまず入り、外側に向けてギャラリーを巡る螺旋状の構成になっています。その後に増築する際も無限に成長する貝殻の成長螺旋の発想が用いられています。この頃のコルビュジェは有機的あるいは生物学的な要素の表現に興味をもち、それを巡回する人間の流れに組み合わせているそうです。外観からはよく見えませんがピラミッド型のトップライトが中央に載っており、その下に劇的な空間を作っています。

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 設計したと言っても、当のコルビュジェは一度日本を訪れて基本設計をしたというだけで、実施設計をしたのは弟子の前川国男、坂倉順三、吉坂隆正の3人でした。この3人が日本の建築に与えた影響はとても大きく、大学教授として設計者の思想に大きく影響を与えています。また戦後の日本各地に建てられた博物館、美術館、市庁舎の数多くは彼らによって設計されています。コルビュジェの建築原理は身近すぎてわからないほど、日本の私たちの生活になじんでいます。

 フランスやスイスなど、海外に行かなければ見られないコルビュジェ建築を日本に居ながらにして見られる事はとても素晴らしい事です。実際の建築を体験するのはどんなに優れた写真や文章でも代わりになれないので、一度脚を伸ばしてみるのも良いかもしれません。